ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

秋の終わりのものたち  【虫】

 昔のさだまさしの曲に「空蝉うつせみ」というのがありました。老いた夫婦が寂れた駅のホームで都会から迎えに来る息子を待ち続けるという歌でした。伴侶がいるのなら幸せですか。立派に育った息子が都会で働いているなら勝ち組ですか。でも歌われているのは,ただ寂しく悲しい,肩を寄せ合うことしかできない二人の老人でした。


 生物学的に見れば。このつがいは繁殖に成功し,次世代が繁殖年齢に達している。生物の個体として成功だ。遺伝子は正しく次世代に伝えられ,あとは自分が静かに舞台から消えていけばよい。でもしかし,「空蝉」の全編に流れるこの悲しみは何でしょう。

 

 生老病死は,全ての生き物が持つ業です。


 生きる苦しみと,老いゆく悲しみと,病いの苦しみと,死にゆく悲しみと。生物にはすべて,人に通じる部分があります。生きとし生けるもの全てに喜びや悲しみがある,と思うのです。

 

 今日,フィールドで最後の日々を過ごすバッタたちを見ました。前回訪れた時に見たクモガタヒョウモンやメスグロヒョウモンといった蝶たちは枯野に溶け去るように彼岸へと去り,直翅目ちょくしもくの昆虫たちがカーテンコールに現れていました。

 

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 フキバッタは陽光の当たる地面にうずくまり,翅のない鮮やかな緑色の胴を輝かせつつも,思うように体が動きません。縁側から動けぬ老人そのものです。

 

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 イナゴは……最初それがイナゴとは思えませんでした。どす黒く変色した姿は,あの夏を軽快に跳ね回った生き物と同一物とは思えません。命が朽ちていくその姿です。

 

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 よろよろと小道を横切るオオカマキリのメスは既に産卵を終えています。私が至近からカメラを向けても,一度うさん臭そうに顔を向けたきりでした。

 

 どの眼にも,老いてそして死にゆく戸惑いと怒り,悲しみが満ちていました。

 

 1年を一生とするその生を生き抜き,繁殖も成功させ,次の世代にこの天地を譲り渡して静かに消え行く。虫なんてそんなものと思っていたし,実際に誇り高く死を迎えるクロアナバチも見ました。だがこの草むらの虫たちの戸惑いの表情はなんでしょう。植物が枯れゆき陽光が細り大地から熱が消えてゆく。しぼむ風船のように生気が周囲から自分から失われていく。なぜ死ぬのだ,ではありません。なぜもっと生きられないのだという怒り,戸惑い,そして悲しみが,その眼に満ち溢れていました。

 

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 いま私のカメラの前に,オンブバッタの夫婦がいます。オンブバッタをご存知でしょうか。細長いバッタで,メスが体長4センチに対してオスは2センチ。体重差は8倍に達しましょう。その大きなメスの背中に小さなオスが乗る。乗ったままになる。オスがどう食事するのか知りません。夏の生気ほとばしる季節には相手をとっかえひっかえしながら繁殖します。オスを乗せたメスは翅を使えずただ跳躍のみで敵をやり過ごすのですが,伴侶を常に持ち歩くという戦略は功を奏しているようでこの一族は結構繁栄しています。……繁殖に成功したあと,バッタはどうするのでしょうか。ヒトはどうなるのでしょうか。

 

 時期的に産卵を済ませているはずのオンブバッタ。もはや次々と相手を替える活力もなく,互いにこれが最期の伴侶でありましょう。そのメスは明らかに,近づく人間やカメラに気付いています。しかし夏の頃,オスを乗せて華々しく跳躍した若さはもう彼女からは失われています。ぴょいと1,2センチ跳び,あとは芝草の間にごそごそと潜り込む。それでは写真にならないと追い出すのですが,草に足を取られよろよろと歩むのみ。オスはというと,もはや姿勢を保つこともできずにメスの背で斜めになり,片一方の後ろ足をだらりと下げていました。眼の焦点も定まっていない風です。必死の形相で転びながら逃げる婆さんが,さらによぼよぼの爺さんの手を引いている図に見えて,私にはそれ以上追うことができませんでした。

 

 生きる苦しみと,老いゆく悲しみと。

 

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 実はこのあともう1頭,そうただ1頭のメスのオンブバッタを見ました。背にパートナーはいません。日なたに置いてやろうと手に乗せてみましたが,抵抗らしいこともせずただ前肢を少し動かしてみせるだけでした。繁殖が成功した証に,オスが乗る背の鞍の色がちょけています。オスが消えたのは最近のことなのでしょう。共に生を謳歌したパートナーは,ある日ぽとりと背中から落ち,それきりに。

 

 生まれて,出会い,別れ,そして死ぬ。ヒトと虫の一生に,それほど大きな違いがあるとは思えないのです。

                    (2014年11月13日)

 

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