ジノ。

愛と青空の日々,ときどき【虫】

今日も負けた

 

 今日も負けました。何にって? 茶店にです。


 市内某所,それはそれはステキな喫茶店があります。毎日通勤に使う道沿いにあります。なにがステキって,まずその外観。木造平屋,洋館ではないけど洋風,木目の浮いた木にペンキ手塗り,かなり古く元は物置だったかも知れない雑な造り,でもペンキの色調がセンス良く,古さや雑さが味になっています。夕刻になると灯がともりますが,それが電球。店内も壁材や梁のむき出しにペンキ,そして電球。これまた木目の浮いたテーブルにドライフラワーが飾ってあります。まさにロハスナチュラル,オーガニック

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 毎日その前を通るたびにああ寄りたいなと思うのです。でも仕事は山積み,店の前を通る時刻は毎日閉店近く。なんともノスタルジックで暖かな電球の灯りを横目に,ため息をつきながら通り過ぎます。特にコーヒーが美味いというわけでもなし。ただあの薄暗い店内で静かに文庫本を開く,そんな隠れ家的雰囲気を堪能したいのです。

 

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 え?土日は休めてるんだから,もっと行けるだろうって? なにもそんなにもったいぶらなくてもって?


 さあそこが問題なのです。この店に行くには,こちらも気構えが必要になる。精神的に余裕がなければ行けない,さながら戦いに赴く覚悟が必要になるのです。


 ぎいっと蝶番を軋ませて店内に入ります。水色のペンキをまとう木目と年輪が一斉にこちらを振り向く感覚,ああ,いい。


 店内にいるのは,ほぼ女性。2,3人連れの奥様が声高にしゃべっています。それはいいのですが,いらっしゃいませの声はありません。店主らしい女性は,あろうことか客と一緒になってしゃべっています。こちらの来店に気付いたそぶりをまったく見せないので,前の客の食器が片されていないテーブルに付いてスミマセンと手を上げると,わかってるわよといわんばかり,順番に伺いますとぶっきらぼうに言います。もうこの時点で劣勢です。


 年のころは四十すぎ,割烹着のようなエプロンをつけた化粧っ気のない姿は,店の雰囲気によく合っています。なじみ客との歓談をすぐには切り上げません。


 ようやく水を持ってきました。ホットコーヒーと注文すると時間かかりますよ,手挽きだから,順番につくるから,と一気に3つ言い訳を投げつけてきます。まだだ,負けるなわし。


 注文を済ませたところで前哨戦は終わり。私は文庫本を取り出します。ソロー「森の生活」。マサチューセッツの森の中,澄んだ水をたたえる湖のほとりの静かな,自然のリズムに合った,思索に富む生活の記録。世界中の自然を愛する多くの善良な若者に道を踏み外させた悪魔のような名著。でもその活字に浸ることはできません。


 後方2メートルで,なじみ客と店主が一層声高に歓談を始めます。標準語で聞き取りやすい分,その内容がクリアに頭に入ってきて読書どころじゃない。負けるなわし。戦え。


 私はイヤホンとiPodを取り出し,店の雰囲気に合ったクラシックをかけます。チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。俗な選曲をお笑いください。ボリュームを調節してECCM(対電子戦)は完了。さあ今日はいけるぞ。


 となりのテーブルの中年カップルが席を立ちました。反対側にいた若い女性二人組も後に続きます。いかん,みな撤退していく。私のような気構えや装備を怠ったな。OK,君たちの分まで私は戦う。店主がイヤホンをつける私の動作を塀の上の猫のような眼で睨みましたが,私は負けません。以前,夕刻で他の客がいなくなったとき,この店主が私のすぐうしろで椅子をガタン!ガタン!(はよ帰れ!はよ帰れ!)と鳴らしましたが,今日はその程度では帰らないぞ。私は強くなったのです。もうこの時点で本末転倒になっているけど,知ったことではありません。とにかく敵の攻撃をしのぎつつ五十ページは読み進めるのが今日の戦略目標です。それに成功したとしても,支払いにレジまで行ったところでお客さん伝票は?と,そもそもテーブルに持ってこなかったくせにまるで客に落ち度があるような物言いをする,という最後の一撃を食らわされたこともあるので油断はなりませんが,今のところ戦いは優勢に展開しています。この調子だ。


 よそではどうだか知りませんが,水戸の個人商店のおかみさんはとても素直で正直です。近所の知り合いとしゃべっているときは愛想も笑顔も全開なのに,見慣れない男性客が店に入ってくると,たちまち仁王像の如き表情で応対します。ちょっと誰よ。どこのひと?なにやってるひと? あたしはお話ししていたいんだから,お金置いてとっとと出て行きなさいよ。店の親父さんは苦労した分わかっていて,たとえ商売がうまくいっていても愛想を忘れません。客への敬意を忘れません。しかしおかみさんは,それはもう露骨に態度に表します。このあたりはいずれ項を改めて書きたいと思っています。


 さあ戦いは続く。さながら螺旋のように。

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 後方では新たな客が入店したようです。援軍か。共に戦おう。誰であれ,店主の知り合いでなければそれは友軍だ。いける,今日はいけるぞ。


「お客さん,こちらのお客さんが座られるのでお荷物どけてもらえません?」


 不意打ちでした。はるか後方からキャノン砲の一斉射を食らった気分です。直撃です。しかも理にかなっている。関が原の石田三成ワーテルローのナポレオン。敵に不意の援軍が現れたときの驚きとはこんなものだったのではないでしょうか。


 荷物はどけたものの,浮き足立った心内を抑えることはもはや不可能でした。岩波文庫の小さな活字など,まったく頭に入らなくなってしまいました。全軍総崩れとはこのことでしょうか。残念ながら,潮時です。私の内なる司令部が撤退を決めました。また負けたのです。

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 店を出て,北風に吹かれて駐車場に向かう道すがら,私は嘆いていました。


 わしはただ,落ち着いて本を読みたかっただけなんじゃあ。

 

 


 これ,2年前に書いた文章なのですが,取材というか再確認のため,今日また意を決して行ってみました。午後4時半。相変わらず店内は女性だけ。おっさん一人客が激しく拒絶されるのが伝わります。追い出される事への予防措置に営業時間を尋ねますと5時にオーダーストップとのこと。ほう,そうですか。表に出ている看板には思いっきり19時までとありましたが。17時オーダーストップの営業19時。対おっさんルール,了解です。

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 エスプレッソをシングルで注文しました。今回は言い訳はありませんでした。出てきたエスプレッソは本当に一口サイズで,それはまあいいのですが飲んだらその苦いことったら。いつまでも口に残るいやーな苦さだったのは,こちらが身体をガチガチに固め全身全霊で警戒を解かなかったゆえだと思いたい。

 

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 身構えていたせいもあって特にトラブルはありませんでしたが,おっさん一人客の居場所ではないことに確信が持てました。もう来ることはないでしょう。


 居場所探しって,大変だなあ。

 

 

 

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